ミレーナ物語 (2) 装着後に過多月経が劇的に改善するミステリーの解き明かし
神戸大学名誉教授(産科婦人科学)丸尾 猛
1992年にスタートした米国ロックフェラー大学 Population Councilと神戸大学産婦人科の国際共同臨床試験で、子宮筋腫・腺筋症による過多月経・月経痛はミレーナ装着によって劇的に改善することが明らかとなった。
当時、ミレーナは神戸大学病院でしか使用できなかった。そのため、ミレーナによる過多月経の劇的改善を取り上げた専門誌の記事を見て、東京から、名古屋から過多月経で苦しまれていた子宮筋腫合併女性がミレーナを使用してみたいと受診された。その中には、子宮筋腫による生理時の大出血で緊急入院し輸血まで受けられた方がおられた。その患者さんは
「手術療法をすすめられたが手術は受けたくないのです。ミレーナを試して改善がなければ、その際は断念しますが。」
との想いを語られた。幸い、ミレーナ装着によって月経出血量が減少し、次第に貧血も改善して正常化し、5年間の経過観察中に閉経となり、手術から逃れることができた。他方、子宮腔内に突出する形で発育する粘膜下筋腫を合併した方では、ミレーナ装着によって月経出血量は減少するが、ミレーナの自然脱出が約1/3の頻度で起こり、再挿入の希望を受けて再装着するも脱出し、何回か脱出・再装着を繰り返した後に、ミレーナによる治療を断念したケースもあった。粘膜下筋腫以外の筋腫合併例では、ミレーナが奏功し、ミレーナ使用期間は5年間であることから5年経過後に入れ替えて経過を観察中に閉経となり、手術から逃れることができ、患者さんに喜んでいただけた。
ミレーナ装着によって過多月経が劇的に改善することを目の当たりにして、何故、ミレーナ装着が月経時出血量を激減させるのか、そのミステリーを解明したいとの思いに駆られた。月経時出血量の激減は、ミレーナ装着により子宮筋腫が縮小するためなのか?子宮内膜に変化が引き起こされる結果なのか?全く謎であった。ただ、ミレーナ装着後の観察で、筋腫サイズの縮小は判然としなかったため、子宮内膜の変化に目を向け調べることにした。
ミレーナの過多月経改善効果が明白となって、以前に臨床試験計画を発表した際には、筋腫合併女性へのミレーナ装着に反対だったフィンランドの教授の協力が得られることになった。大変有り難いことに、フィンランドの大学病院で採取されたミレーナ装着前の子宮内膜組織と装着3か月後の子宮内膜組織を神戸大学病院へ送っていただけることになった。届けられた子宮内膜組織の細胞増殖能とアポトーシス(細胞死)を比較・検討した結果、ミレーナによる月経時出血量激減の謎の一端が明らかになった。
すなわち、子宮腔内にミレーナを装着すると、ミレーナから放出される合成黄体ホルモン(レボノルゲストレル)が子宮内膜へ直接働き、子宮内膜細胞の増殖を抑えアポトーシスを促して、子宮内膜を萎縮させ、月経量が激減することを世界に先駆けて明らかにすることができた(Human Reproduction 2001 ; 16 : 2003)。
この知見は “Unraveling Mirena’s molecular mystery(解き明かされるミレーナの分子ミステリー)”として写真入りで紹介され、国際的に高い評価を受けた(Population Briefs 2003; 9(1):4)。実際、オックスフォード大学から子宮内膜に関する国際シンポジウム共催の申し出が入り、「子宮内膜の分子細胞学」と題したKobe-Oxford シンポジウムを神戸で開催することになった。、世界15か国のエキスパートと知見を共有し討議できたのは、基礎的知見を過多月経・生理通の治療にいかにフィードバックするかを考える上で大変有意義であった。
1992年に確実な避妊を目的に我が国で初めてミレーナを装着した女性から、
ミレーナ装着後はまさに天国です
との喜びの言葉を頂いた。この生の声に導かれてスタートした臨床試験で、ミレーナ装着は過多月経・生理痛を劇的に改善し、手術療法にとって代わる治療法となることが確かめられた。ミレーナ使用の拡がりは女性のQOL向上に大きく貢献すると信じる。
(次項につづく)