ミレーナ物語(1) 我が国で装着1例目の女性の生の声「天国です」に導かれ
神戸大学名誉教授(産科婦人科学)丸尾 猛
私とミレーナとの関わりは、ロックフェラー財団研究員として3年間留学した米国ロックフェラー大学 Population Councilから1992年に国際研究委員に指名され、神戸大学病院での国際共同臨床試験用に米国から提供を受けたのが発端である。
ミレーナは長期避妊用にフィンランドで開発されたもので、低用量ピルの成分レボノルゲストレルを5年間持続的に放出するよう設計された子宮内システム(IUS)である。1992年当時、我が国では非薬剤付加型の子宮内避妊器具(IUD)しかなかったため、低用量ピル的効果とIUD効果を併せ持つ薬剤徐放型IUSのユニークな設計に魅かれ、ミレーナの日本女性における長期避妊の有効性・安全性を確かめる臨床試験を開始した。
そのような折、たまたま安全・確実な長期避妊法を求めて神戸大学病院を受診された患者さんに、試験参加への同意を得て、1992年我が国で初のミレーナ装着を行った。装着後、試験スケジュールに沿って経過を観察していた折、その患者さんから
「生理の度ごとに怖かった大量出血と下腹痛が嘘のように無くなりました。出血量は目薬を落とすほどに激減し、生理痛もなくなり本当に助かっています。今は天国です。」
との全く予期していなかった喜びの言葉を頂いた。安全・確実な長期避妊を目的にミレーナを使用した1例目の患者さんが、たまたま子宮筋腫合併による過多月経と生理痛で長く苦しまれてきた女性であった。 ミレーナ装着1例目の患者さんから出た生の声は、担当医の私には予期せぬ大きな驚きであったが、ミレーナは生理の度ごとに出血多量と強い痛みで苦しまれている女性のQOL(生活の質)を大きく改善するに違いないと想い至らせた。ミレーナには過多月経と生理痛の苦しみから女性を解き放つ力があると考えるに至った瞬間である。
ミレーナは安全・確実な長期避妊を目的に開発されたものであり、1992年当時、子宮筋腫や腺筋症合併女性への子宮内避妊器具(IUD)装着は禁忌であるとの見方が主流であった。実際、私がPopulation Councilの国際共同研究委員会で、子宮筋腫・腺筋症による過多月経・生理痛の治療にミレーナを応用したいと、その臨床試験の計画案を発表した際、ミレーナ使用経験が豊富なフィンランドの教授から強い反対の意見が出た。しかし、座長のPresidentから「ミレーナ装着によって月経量が目薬を落とす程度に激減し、生理痛も消失して、本当に助かっています。」との患者さんの生の声には説得力があり、耳を傾けるべきであるとの指摘があり、反対意見を抑えて計画が承認された。こうして過多月経・生理痛で苦しむ子宮筋腫・腺筋症合併女性へのミレーナ使用の臨床試験が神戸大学病院で行えることになった。
まさにミレーナを契機とした患者さんとの出会いに感謝である。患者さんからの生の声が力となり、生の声に導かれて、過多月経・生理痛で苦しむ女性の治療法としてミレーナを応用する臨床試験にゴーサインが出た。これがミレーナ物語の始まりである。
(付記:この時のゴーサインから22年後の2014年ミレーナは過多月経・月経困難症に保険適応となる。)